4年に一度、世界中の国と地域が頂点を争う、サッカー界最高峰の舞台「FIFAワールドカップ」。
かつて男子サッカー日本代表は、9大会連続、43年もの間、ワールドカップへの扉に挑戦し続け、そのたびに跳ね返されてきました。
1993年には、初出場まであと一歩に迫りながら、終了間際の失点によって夢を絶たれます。
「ドーハの悲劇」と呼ばれるあの夜、日本中のサッカーファンは言葉を失い、涙を流し、深い絶望に包まれました。
日本サッカーの歴史が変わった夜
そして、1997年11月16日、深夜。
「今度こそ、ワールドカップへ!――」
マレーシア・ジョホールバルで行われた、ワールドカップ初出場を懸けたイランとの運命の一戦。
当時、平均視聴率47.9%を記録したこの一戦は、日本中が釘付けになりました。
激しい攻防の中、FW岡野雅行は、持ち前のスピードで何度もゴールへ迫ります。しかし、外す。そして……外す。もう一度外す。それでも彼は走り続けました。そして、ついに放ったシュートがゴールに吸い込まれ、日本代表は悲願だったFIFAワールドカップ初出場を果たすのです。
あれから30年、忘れられかけた“原点”
2026年、8大会連続でワールドカップへの出場を重ねた日本代表は、いまや「出場」は「当たり前」となり、「2050年までに優勝する」という大きな目標を掲げるまでになりました。
しかし、多くの人は知りません。
かつて日本にとって、ワールドカップに出ること自体が、途方もなく遠い夢だったことを。
その歴史を動かした一人の男が、スーパーマンでも、エリートでも、天才でもない、「ポンコツ」と呼ばれた少年だったことを。
集まったのは、落ちこぼれの荒くれ者たち
その少年の物語は、サッカー部のない、いわゆる“ヤンキー高校”から始まります。
岡野雅行は、仲間を集め、ゼロからサッカー部をつくります。
しかし集まったのは、サッカーより喧嘩の経験が圧倒的に豊富な、落ちこぼれの荒くれ者たち。
初めての試合は大乱闘——。
そんな寄せ集めのチームが、本気で一つになっていく。
ぶつかり、泣き、笑い、走る。
後に「野人」と呼ばれ、日本サッカー史を変えることになる男の高校時代には、ウソのような青春がありました。
本作は、その3年間を描く痛快青春エンターテインメントです。
しかし、私たちが描きたいのは、単なる英雄の成功談ではありません。
才能に恵まれた者が、夢を叶える物語でもありません。
格好悪くても、何度負けても、それでも仲間を信じ、自分を信じて前へ進み続けた、一人の“アンダードッグ”の物語です。
すべての“アンダードッグ”に捧げる物語
この物語が持つ力と、岡野雅行の生きざまに共鳴したキャスト・スタッフが集まり、これまでにない本格的なサッカー映画を目指して、映画『アンダードッグ』プロジェクトが動き始めました。
主人公・岡野雅行を演じるのは、いま最も注目を集める俳優の一人、水上恒司。
サッカー未経験ながら、約一年にわたるトレーニングに挑み、野人・岡野の爆発的な走りと不屈のエネルギーを体現します。
キャスト陣は撮影に向け、本格的なサッカートレーニングを重ねています。
スピード、テクニック、激しいぶつかり合い、観客の熱狂まで——映画館でしか味わえない、臨場感あふれるダイナミックなサッカーシーンを目指します。
しかし、本作はサッカーを知っている人だけの映画ではありません。
オフサイドを説明できる人にも、何度聞いてもよく分からない人にも、夢を追いかけている人にも、何かを諦めかけている人にも、そしてまだ、自分の可能性を信じきれずにいる人にも……。
笑って、泣いて、胸が熱くなり、観終わった後に「もう一度、走ってみよう」と思える。
そんな、すべての“アンダードッグ”に届くエンターテインメントを目指します。
この映画を、一緒につくりませんか?
映画は通常、完成するまでは舞台裏をあまり見せません。
しかし、私たちは本作を、製作の過程を共有し、多くの方にさまざまな形で参加していただく「参加型映画」として皆さまと一緒に作っていきたいと考えています。
エキストラ参加、アンケートやコメント参加など、多くの“サポーター”の方々に、様々な形で参加していただき、映画をともに作り、育てていくプロジェクトです。
なぜなら、岡野雅行もまた、一人で夢を叶えたわけではないからです。
彼を信じた仲間やチームメイト、可能性を見出した指導者、支え続けた家族、そして声援を送り続けたサポーター。
いくつもの思いと力がつながった先に、日本サッカーの歴史を変える一瞬が生まれました。
サッカーの世界では、サポーターは「12人目の選手」と呼ばれます。
ぜひあなたも、この映画の「12人目のクルー」になってください。
あなたの応援と参加が、この物語をスクリーンへ運ぶ力になります!
「サッカー映画を一緒につくろう!」プロジェクトへ
宮本恒靖氏
公益財団法人日本サッカー協会(JFA)会長
選手時代、特に試合の後半から岡野さんが入ってくると、対戦相手として本当に嫌だったことを思い出します。スピードに乗ったスライドの大きなドリブルは対応にとても苦慮しました。
唯一無二のスピードを自らの強みとして磨き続け、日本を初のワールドカップ出場に導くゴールを決めた岡野さんの歩みには、何度壁にぶつかっても立ち上がり、自分の強みを信じて道を切り開いていくことの大切さが詰まっています。
映画『アンダードッグ』を通じて、サッカーを知る人にも知らない人にも岡野さんの生き方が伝わり、新たな挑戦へ踏み出すきっかけとなることを願っています。
PROFILE
日本サッカー協会会長。
1977年、大阪府生まれ。大阪府立生野高校を卒業後、同志社大学経済学部に進学。同時にガンバ大阪でJリーガーとしてのキャリアをスタートした。日本代表としてシドニーオリンピック、AFCアジアカップなどに出場し、2006年FIFAワールドカップ・ドイツ大会ではキャプテンを務めた。2011年に現役を引退。2013年にはFIFA主催の大学院プログラム「FIFAマスター」を修了した。2018年にガンバ大阪監督に就任し、2022年からは日本サッカー協会で理事などを歴任。2024年3月に日本サッカー協会会長に就任した。